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FIRST CABIN(ファーストキャビン) 御堂筋難波

FIRST CABIN(ファーストキャビン) 御堂筋難波 所在地 大阪府大阪市中央区難波4-2-1難波御堂筋ビルディング4階
電話 06-6631-8090
FAX 06-6631-8091
e-mail -
URL http://www.first-cabin.jp/
ネット接続 有線LAN
※施設側の事情で休止することもあるので、 電話またはメールで確認することをお勧めします。

詳細・予約 Powerd by 楽天トラベル

 
幅120センチの広めのベッドと32インチの液晶テレビ――飛行機のファーストクラスをイメージしたという。白と紫色の落ち着いた内装で、客室乗務員姿のスタッフが彩りを添える。時間貸しもある。
出張や観光だけでなく、書斎代わりに利用することもできる。もちろんインターネットも利用できる。

【鉄道】
  • 地下鉄御堂筋線「難波駅」13番出口直結
大阪冬の陣
大阪城
徳川家康1603 年に征夷大将軍となり、同年、孫である千姫 (せんひめ) 豊臣秀頼 (とよとみひでより) に輿入れさせた。その 2 年後には息子の秀忠に将軍職を譲り、徳川幕藩体制を盤石なものにしつつあった。
しかし、大阪の豊臣氏だけは別格扱いであり、その対応に苦慮していた。

家康は、豊臣家の財力を削ぐために方広寺 (ほうこうじ) を再建させた。
1614 年には完成した梵鐘の銘文に「国家安康」「君臣豊楽」と刻まれていたが、家康の相談役である崇伝 (すうでん) らは、「国家安康」は家康の諱を分断し、「君臣豊楽」は豊臣家の繁栄を願い徳川家に対する呪詛が込められていると断定した。

これをきっかけに両家の対立は決定的なものになり、大阪城の豊臣軍10 万と徳川幕府軍20 万が衝突した。
難攻不落といわれる大阪城にあって豊臣軍は善戦し、幕府軍は兵糧に限界があったことなどから、2週間ほどで和議が成立した。講和の条件として、大阪城の外堀と内堀は埋め立てられた。
2017年09月22日更新